西洋の怪談奇譚を読んだ後は、本朝の怪談奇譚を。
やっぱりこれが入るよねー、と得心するものや、こんな作品あったのかという出会い。そして、何故これがこの括りで?と素人は首を捻るものなど、まさにアンソロジー。
【 刀 】
特に気になったのは、
『女切り 加門七海』闇に浮かぶ刀身の呪わしい美しさを感じる。
『にっかり 東郷隆』奇談。文章も好み。刀という存在の力強さ。
『妖刀記 大河内常平』刀が妖しいのでなく、人がバケモノ。
『妖刀紀聞 泉鏡花』文字を追っているだけなのに何故こんなにも鮮やかなのか。
赤江瀑の『草薙剣は沈んだ』は、私には刀というより海の印象が強すぎる。
風土記をはじめとする古来からの「蛇と剣」の関連が意外だったのですが、八岐大蛇と言われればなるほど。
【 鬼 】
『月の夜の鬼たち 高田衛』ひとつの秋成論。読み応えあり。
『青頭巾 上田秋成/円地文子訳』たおやかな風情が感じられる円地版青頭巾。
『鬼情-上田秋成 雨月物語・青頭巾より 京極夏彦』終盤のアレを突き詰めた感。
泉鏡花の作品は軽やかな滑稽譚、福永武彦や田辺聖子作品は古典を自由自在に遊び戯れる人の頭の片隅を覗かせてもらった感じ。頭の片隅というか、水遊びの飛沫か。
鬼、というそのものずばり異形のタイトルなこの篇が、一番人間臭い作品が固まっているような印象。
【 桜 】
『桜心中 泉鏡花』素養のない私には難しい文体ですが、それでも麗しさに酔う。
『桜川 中上健次』血と地に根差した世界にうっすら夢幻能の欠片。
『因果ばなし 小泉八雲/平井呈一訳』エロティシズムとサディズムを感じる。
『人形忌 森真沙子』単純にこういうのが大好きです。
『さくら桜 加門七海』単純にこういうのが大好きです2。
鏡花の次にある『桜の樹の下には』『桜の森の満開の下』は、もはや必須。
この二作品以降、〈桜〉を要素に含んだ作品には必ずなんらかの影響を与えているのではないかと思う。東さんの解説読むと特に。
三つとも作品が入っているのは唯一、泉鏡花。
特に感じたのは『桜心中』の、美しさの背面に潜む醜さ。
醜悪、忌まわしく厭わしいと言っても差し支えのない存在、下川忠雄の、ことに舌周辺の描写は見てもないのに脳裏に残る。
あの後で、べろべろと、あの拾った花、をしゃぶるんだろうか。
*
挿画の紗久楽さわさんに関しては歌舞伎漫画の人だという認識があるのですが、同時に細部への偏愛が凄い人という畏れも抱いています。
三つの挿画を見ちゃったら、王朝伝奇ものを描いて欲しいと希望が膨らみます。