「誰にも出来る殺人/棺の中の悦楽 山田風太郎」角川文庫
表題の二中編。
推理小説というか、人間心理小説?
根本は不変の心理だが、大部分は戦後の昭和という時代による価値観の違いだとも思う。そう考えると、ある種の時代小説?
「誰にも出来る殺人」のほうは、アパート【人間荘】に越してきた主人公が押入れの奥から見つけた一冊のノート。そこに記された歴代の住人による手記、という形式の連作短編。ありがち、かもしれないが
それぞれの事件(他者から見れば事故、または出来事で済んでしまう)の経緯と真相。
推理というより、ささやかな幸せを求めていたのに、社会や時代に翻弄された人々の記録。それらを読んでいると、なんとなく黒幕(?)の予想がつく。
終盤に至るまでが急転直下すぎて惜しいと思っていたら、クセのありすぎる人物が吐き出すこの台詞。
「君!…この世は生きるに値するね!」
たぶん、カラリと笑い飛ばすのが正解だと思うのだけど。
絶望を叩きつけられるような独白にも思える。
「棺の中の悦楽」は、密かに慕い続けた女性(彼女を守るために殺人までしてしまった経緯あり)が完全に手の届かない存在となり、自暴自棄になった男の三年間の記録。
半年毎に取っ替え引っ替え女を愉しもう!という連作短編。
失恋決定時にそこでそういう開き直りする!?と突っ込んでしまうが、その振り切れっぷりが羽化でもしたかという変貌ぶりで爽快でもある。
もう生きてても仕方ないし!
押し付けられた厄介な大金を使い切っちゃおう!
どうせなら、色んなタイプの女とある程度の期間で情事を楽しみ尽くしちゃおう!
そこまで肚を据えるならもっと他に、こう…と思わないでも無いが、ある意味ピカレスクロマン。
青髭?と思ったけどそういうのじゃ無かった。むしろ谷崎潤一郎。
あの女性賛美の要素を乱暴に凝縮(というか裏返し)したらこうなるんじゃないかなあという印象。
オチもある程度予想はしていたが(終盤がだいぶ乱暴すぎる走行っぷりだが)、希望に満ちた下手な醜態を晒すよりもこちらのスパッとした区切りの方が美学を感じる。